―だいちゃんと老猫チャチャの心の対話―
だいちゃん:昨日ね、妻と上野に行ったんだ。
湯島天満宮にお参りして、そのあと評判のエッグサンドのお店に行ったんだけどさ。
チャチャ:あら、上野デートね。平和そうな始まりだけど、タイトルに「奇跡」ってあるってことは…何か起こったのね?
だいちゃん:うん。
店は混んでて、15人くらい並んでたんだ。
だから妻と相談して、席をハンカチで確保してから順番に並んでたの。
チャチャ:なるほど。みんながやる、あの「ちょっと確保スタイル」ね。
だいちゃん:そう。
でも10分くらい経ったころ、隣の席の海外の女性たちが、俺たちのハンカチをズラして、自分たちの友達を呼び寄せたんだ。
チャチャ:あらまぁ…。それはモヤっとくるわね。
だいちゃん:そう。
でもね、以前の俺だったら「いいよいいよ」って見て見ぬふりしてたと思う。
その場では“平和主義”を装ってたけど、後になって妻や友人に、
「あの人たちマナー悪いよね」とか「日本人ナメられてる」とか、
本人に言えないくせに、陰でグチグチ言ってた。
チャチャ:あぁ…その気持ち、分かるわ。
“直接言う勇気”がないと、あとでこぼれるのよね。自分の中の不満が。
だいちゃん:本当そう。
あの頃の俺は、正面から伝える勇気がないくせに、
陰では正義ぶって相手を責めてた。
自分の弱さを認めたくなかったんだと思う。
チャチャ:うんうん。でも、今回は違ったのね?
だいちゃん:うん。
今回はちゃんと伝えようと思えたんだ。
“ここは僕たちが先に取ってました”って。
チャチャ:怖くなかった?
だいちゃん:めっちゃ怖かった。
英語で話しかけたら、「あなたたちはいなかった」って言われて、心がズキッとした。
でも、その瞬間に妻が「ソファ席が空いてるよ。あっちに行こう」って言ってくれたんだ。
その言葉が、すごく優しかった。
チャチャ:妻さん、ちゃんと見てたのね。
“伝えようとした勇気”を。
だいちゃん:そう。
今までは逃げてた。
怖い場面から離れて、「まぁいっか」で終わらせてた。
でも今回は、ちゃんと話そうと思えた。
終わった後も少し怖かったけど、心の中では「やってよかった」って思えた。
チャチャ:うん、それは“自己尊重”の第一歩ね。
だいちゃん:そうだね。
ふと、数年前のサーフィンの出来事を思い出したんだ。
茨城で海から上がったら、ビーサンがなくなってて。
そしたら、目の前の外国人が俺のビーサン履いてたの。
チャチャ:うそでしょ(笑)!それ言わなかったの?
だいちゃん:言わなかった…。
友人に「言えよ」って言われたけど、「いいよいいよ」って。
でも本当は、怖かったんだよ。
「返して」って言って拒まれるのが。
拒まれたら、もっと惨めになる気がして。
チャチャ:つまり、あの時は“拒絶の痛み”を避けたのね。
でも今回は、“自分を大切にする痛み”を受け止めた。
だいちゃん:そう。
嫌だと思う自分を信じて行動できた。
相手を責めるためじゃなく、自分を尊重するために。
チャチャ:それこそ、心の成長の証よ。
怖さは敵じゃないの。
新しい自分が生まれようとしているサインなのよ。
だいちゃん:……うん。
あの時のビーサンは取り戻せなかったけど、
今日は自分の“尊厳”を少し取り戻せた気がする。
チャチャ:よく頑張ったわね、だいちゃん。
逃げなかった勇気が、小さな奇跡を呼んだのよ。
🪶今日のまとめ(チャチャのひとこと)
「いいよいいよ」で逃げる優しさは、
時に“自分を傷つける弱さ”にもなるニャ。
本当の優しさは、「嫌だった」と言える勇気から始まるのよ。


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